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 隠密同志、心得の条 ―――
  獲物に彼我の隔て無し  ヤヲイの儀、あくまで陰にて  己の器量活かし、ご下命いかにても果すべし
  なお、死して屍拾う者無し  死して屍拾う者無し  死して屍拾う者無し
  ゆめゆめ己が素性、晒すべからず……


【お指図 其の壱】
  決行日当日は幕開き一時前に現地某所に集結。 のち、各々待機すべき列に参じよ。

「それにしましても此度も見事なお手配書にございますな、百地さま」
「いえいえ、荒塚さまの詳細なお調べが有ったればこそにございます」
「とんでもござらん、拙者などまだまだ未熟。 伝手も足り申さず難儀しておる」
「ほぉー、相変わらず伝手はご老体をお使いか」
「はい。 しかし間も無く当家にも若き伝手が参る予定になっておりましてな、楽しみにしておりまする」
「それは重畳」


【お指図 其の弐】
  待機中は獲物、巡回先などの確認を怠るべからず。 変更有りし者は迅速な“つなぎ”をつけるべし。

「おう!八の字、刀自月さんトコの新刊は全部でいいんだな?」
「うう~ん、実は迷っちまって。 黒蔵さんはどうなさるんで?」
「オイラは いいわー。 ちっとなあ、このところンのが“来なくて”よう」
「じゃあ、あっしもいいです」
「すまねえなあ。 これでグッと楽になるからよ、前に話してた一回り後の助は いらねえぜ」
「あい、じゃあ後は好きに回らしてもらいやす」
「各々方、植田嬢の複写本はいかがなされる?」
「すいやせん、千田さま。あっしは結構で」 「オイラも」 「拙者は頼み申す」
「合い分かった」


【お指図 其の参】
  幕開き後は慌てず騒がず、手配書に記された順序に従い各自に定められし升席を巡回し、獲物を収穫すべし。 但し不測の事態及び周囲の動向に因る変動は臨機応変に行なうべし。

(ええと、次は…あっ、折良く砂糖サンとこが空いてるじゃねえか! 今だっ)


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J庭(=J.GARDEN~創作June系同人誌即売会)行も6回目となり、準備にも慣れて余裕が出てきたのか、前日は前夜祭としてブログで知りあったブロガーさん達との会食に参加させていただきました(当日に同行するメンバーとは別の顔ぶれ)。 “お声を掛けていただいた”のに図々しく乗っかったワケです。
場所は開催地・池袋の居酒屋で、もちろん個室です(笑)。
ここに上京組も含め総勢10名(私も含む)が ぎっしり!
限られた時間ということもあり、近くの方としかお話出来なかったのは残念でしたが、それでも ずーっとROMしていたブロガーさんと少しお話出来た! きゃぴっ☆(キモくて ごめんなさい
しかし実は小心者の私が ほぼ初対面の方たちと平常心で過ごせるものではなかったのです。
何だか情緒不安定な人と化して場を壊していた気が……(汗)。
せっかく呼んでくれたのに ごめんよ、Oさん(&Aさん、Yさん)。
ちゃんと ご挨拶&お話しが出来なかった方もいらしたのは本当に心残りでしたが、全員、翌日の準備もありますので会食のみで解散いたしました。
場を設けてくださった方々と、ご一緒くださった皆さん、本当にありがとうございました!

いやあ~楽しかったーー!!(浮いてたけど)…と、帰宅してからが サア大変!
前日のその日は様々な情報が飛び交い、連絡事項がテンコ盛りだったのです。
PC前に張り付いてフォローし続けるだけで“前日”が終わろうとしている……(涙目)。
結局、情報を整理し、送られてきた分担表に自分のチェック分を加えて印刷。 荷物を整えて寝て、起きて…睡眠時間は3時間ほどでした。 何処が「慣れて余裕が出てきた」だよ!
そんなこんなで肝心の当日は どうする、どうなる!?

当日朝、一抹の不安を抱えて予定時間ギリギリに家を飛び出して行く管理人なのでありました。

 <続く…>


   東京国際レズビアンゲイ映画祭 (The 18th LGFF)   7/18(土) 於:青山スパイラルホール

『安らぎの家を探して』 ( 『A Place to Live』 2008/USA)
―――老後の人生を安心して暮らしたい そんな彼らを救うプロジェクトが始動した
サブプライム・バブルに湧いていたアメリカ。その影で、日々を苦しみながら生活する人々がいた。LGBTのパイオニアとして生きてきた高齢者達だ。かつては大きな夢や希望を抱いて、差別にも負けずに生きてきた彼ら。しかし年齢を重ねた彼らの老後は、決して楽なものではなかった。急速に値上がりを続ける不動産価格が彼らを劣悪な生活環境に追いやっていたのだ。貯金も無く日々を細々といきつないでいく彼ら。そんな彼らを救うべく、低所得層の高齢者が安心して住める、住宅プロジェクトが立ち上がった。しかも入居者はLGBTの高齢者だけ。この夢のような計画に大いに喜ぶ高齢者達。果たして彼らは「安らぎの家」に住む事ができるのか。(プログラムより抜粋)

ロサンゼルスに建設されたトライアングル・スクエア(「安らぎの家」)の入居希望者に密着取材したドキュメンタリーということで観た。
というのも自分にも着々と“老後”が近付いているからだ!
かつては余りにも漠然としていてイメージの掴めなかった老いた自分。 その時、何処でどんな風に暮らしているのか? 周囲の状況はどうなっているのか?
具体的事例が身近に見られるようになって(老親二組)、楽観的予想をしつつも不安は忍び寄る。 タイムリー過ぎる(涙)。

アメリカの同性愛者も世代によって事情が違う。
高齢となった世代は常に様々なものと闘ってきた世代だ。 多くは親族と断絶しており、子供も無く、頼れる相手はいない。 恵まれた高所得者ばかりではないのだ。
そこに飛び込んできた夢のようなプロジェクト。 だが全ての希望者が入居できるわけもなく、抽選の結果を悶々として待つ彼ら。 映画はそうした彼らの人生が窺えるインタビューで綴られていく。
抽選結果というクライマックスがあるものの、フィクションのような盛り上がりを演出するわけではないので、正直、所々で意識を失ってしまった(不覚)。
それと画面からは、出てくる人々の「劣悪な生活環境」ぶりがよく掴めず、 日本の年寄りの方が はるかに“劣悪な生活環境”なんじゃねーの と、思ってしまった。 間違ってますかワタシ?
「安らぎの家」計画は好評で二軒目の計画も立ち上がり、落選した人たちも希望を繋ぐ……。 だから全てがハッピーにうまくいくってわけじゃない。 それは当人たちもようく分かっている。 が、闘いを生き抜いた人たちはしぶといのだ。 取り敢えずの住処だろうが安らぎの地だろうが“人生をエンジョイするぜ!”の意気や たくましい。

   東京国際レズビアンゲイ映画祭 (The 18th LGFF)   7/17(金) 於:青山スパイラルホール

『ベイビー・ラブ』 ( 『Comme les autres』 2008/France)
―――子供が欲しい! 子育てがしたい! 僕の気持ちを、分かって欲しい!
仕事に恵まれ、安定した生活を送っている小児科医のマヌ。満ち足りているはずの彼なのに、子育てを楽しんでいる親類や友人が、まぶしく見える。自分にも、あんなかわいい子供がいたら…。マヌの父親になりたい願望は、日に日に高まるばかり。しかし、パートナーのフィリップは、子供なんかいなくても十分幸せだと言うばかり。そんなある日、不法滞在者のフィナと出会った二人。強制出国の不安を抱えながら生活に追われる彼女に対して、マヌは大胆な提案を。フィナと偽装結婚をしてあげる代わりに、マヌの子供を産んで欲しいと。どうしてもフランスに滞在したいフィナは、その申し出に同意したのだが、一方、フィリップとの仲は気まずくなるばかり…。(プログラムより抜粋)

プログラムのあらすじだけ読むと、マヌもフィナも「えーっ、どうなの…」と言いたくなりそうな人物だが、映画を観たらちょっと違っていた。
マヌの子供好きについては献身的な仕事振りと応対から納得させられる。 自分の血にこだわっているわけではなく、とにかく子供が育てたいので養子でも良かったのだがフランスでは同性愛者の養子は認められないという(「スペインでは結婚も養子もOKなのに!」と叫ぶマヌ)。
子供は要らないというパートナーのフィリップとの関係もビミョーな雲行きとなり、焦るマヌはとんでもない手段を思いつくわけだ。
一方のフィナは当初、マヌの思いつき―偽装結婚と出産―の申し出について怒り、断る。 だが自分の窮地を助けられ失礼を詫びられ、マヌの人となりを知るうちに彼の力になってもいいと思うようになる。 彼女の立場も追い詰められ困っていたことも確かだが、恋愛未満の好意が生まれていたことも確かだと思うのだ。
だが身篭ってみて、好意は好意止まりであることに気付き絶望するフィナ。
彼女の選択が賢いものとは思わないが、愚かだ責める気にもならない。 既に充分痛みを知ったのだから。 むしろマヌの強固な願いに引き摺られた犠牲者のようにも見える。
そう、マヌこそ“握力の強い女”ならぬ“握力の強いゲイ”なのだ! 欲しかった子供も手に入れ、赤ん坊にひと目でメロメロになったフィリップとも縒りを戻し、公私とも大充実の人生となるのだから。
ラスト、働くフィナを見守るようにそっと子供を見せに行く二人。 自分たちの幸せが何の上に成り立っているのか自覚して、押し付けがましくないように現れる二人にホッとしたのだった。
プログラム選択の段階で「フランス男(自己チュー)の赤ちゃんおねだりモノかあ。ウザそー」と一旦外していたのだが、本当に観て良かった。
ほろ苦さもありつつ、温もりを感じる作品である。


『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』 ( 『An Englishman in New York』 2009/England)
―――自らの信念を曲げずに生きた老作家が掴んだ栄光、そして挫折
イギリスの売れない老作家、クェンティン・クリスプは、出演したテレビ番組がまさかの大当たり。一夜にしてイギリスの有名人となる。しかし、自らをゲイだと公言する彼への世間の風当たりは強く、ついには悪魔呼ばわりまでされてしまう。そんな時、友人の助言により訪れたニューヨークは、彼にとってまさに新天地だった。彼のユニークな言動やライフスタイルは、ニューヨークで人気の的に。そんなある日、流行の兆しを見せていた「新しい病気」についての彼の発言が、物議の的になってしまう。真意を理解されない彼への風当たりは、ここでも激しくなっていく。失意の日々を送っていた彼は、ある日、才能豊かな青年と出会う…。(プログラムより抜粋)

Stingのアルバム『Nothing Like The Sun』は私にとってのベストアルバムでもある(現在)。 私の葬式の際には経はどうでもいいからこのアルバムをずっと流して欲しいと頼んでいるくらいだ。
特に『Englishman in New York』 には飽きることがない。
この曲がイギリス出身の作家クエンティン・クリスプをモデルにしていることは当時から知っていた。が、彼がどんな作品を書き、どのような経歴の持ち主なのかは全く知らなかった(何せ検索なんて無かった頃ですからね)。
かろうじて歌詞から、独自の生き方を貫いた人、どうやら奇矯なところのある人らしいとは推測できてもボンヤリとした理解でしかなかった。
今回この映画を観て、ようやく分かった!!ような気がする…

映画は1970年年代のイギリスから始まる。
既に老境に差し掛かったクリスプは自分の生き方、身の処し方というものを定めていて揺るがない。変化していくのは世間なのである。
クリスプの言動やファッション(老嬢のようにも見える老紳士!)を かつては奇怪に感じた人もいただろうが、今見ると上品に感じる。 流行語となってウンザリさせられた「品格」という言葉も彼にはピタリと当て嵌まるのだ。
老いを深めていっても尚、揺るがず、凛とした姿勢を崩さぬ彼の姿は美しい。
少々残念だったのは彼の恋愛事情についての言及が無かったこと。
もうちょっと“匂わせる”くらいは しても良かったんじゃないかなあ。
あれこれ風呂敷を広げず話を一つに絞った、映画としての一般性を取った結果なのかもしれないけど、ロマンスも欲しかったよー(涙)。
ともあれ私にとっては忘れえぬ一本となった。 制作スタッフに感謝である。


   東京国際レズビアンゲイ映画祭 (The 18th LGFF)   7/12(日) 於:新宿バルト9

『シェフズ・スペシャル』 ( 『Fuera de carta』 2008/Spain)
―――ビジネスの成功だけが、人生の目的だった  もしかしたら、それは違うのかもしれない
マドリードのおしゃれな地区で、有名なオーナーシェフとしてレストランを経営するマキシ。ビジネスは順調、友人にも恵まれ気ままな独身生活を送る彼のたった一つの願いは、ミシュランガイドで星を取ること。そんな彼の生活が、ある日を境に180度変わってしまう。離婚した妻が入院してしまい、2人の子供を引き取る事に!子供たちの出現は、マキシの友人達まで巻き込んで、毎日がまるでジェットコースター!そんな時、隣りの部屋にイケメンの元サッカー選手オラシオが引っ越しを。マキシのおいしい食事を味わったオラシオは、マキシにもうメロメロ。子供たち、オラシオ、友人たちとのハチャメチャな毎日を送りながら、マキシは何かが自分の中で変わってきたのを感じ始める…。(プログラムより抜粋)

はーい、今年もスペインのクマ系コメディを観て来ました!
昨年もそうでしたが、クマ系映画は客席もクマ率が高い。 その所為か凍えるほど寒いスパイラルで観た方が良かったかも、と思わせる熱気が場内に満ちていました。
そして、なんと上映前にはスペインのセルバンテス文化センター東京の方がご挨拶。
「スペインは同性婚も出来ますので是非結婚しにいらしてくださ~い。 スペイン人の恋人が出来たらウチ(国営の語学校有り)にスペイン語を習いに来てくださ~い」と広報活動をなさっていかれました。
ええっ、カトリックのお国で同性婚が出来るの!? 全然知りませんでした。
ちょっとぐぐってみたら2005年に法律が成立。 しかも08年の調査でも国民の7割が支持ってホント?それだけLOVEが大事ってお国柄なのか、と思ったら某所で「フランコ独裁政権時代の反動ではないか」という解釈を読んで、なるほどと。 守旧派になりがちな年齢層も支持しなければこの数字は有り得ないもんね。 抑圧・弾圧の苦しみをよく知っていてこその許容、容認。 甘やかしとは違うこうした寛容度を見習いたいものです。
閑話休題。

さて、肝心の作品ですが、テーマや内容よりも登場人物のハイテンションパッショネイトな日常に“お腹いっぱい”となるものでした。 私の感覚では“全身全霊で相手に対し叫び訴えてるとしか思えないテンション”でのコミュニケーションが日常茶飯事なんだもん。 会話で過労死しそう。
考えてみたら昨年観たスペイン作品もテンション高かったっけ。 コメディということで割り引いてみても“基礎値が高い”んだろうなあ。
コメディとしても濃度が高かったのだが、要素がちょっと多くて言葉足らずな部分が気になった(子供たちの事とか)。 字幕ものの宿命で、原語が解れば理解できたのだろうか? 残念。
嬉しかったのはマキシの相手役・元サッカー選手のオラシオがLeoさま似のイケメンだったこと!
常日頃 “業界の方たち”の言う「いいオトコ」と、ヘテロの私が言う「いいオトコ」とは同じ単語が指しているとは思えぬ大きな食い違いがあったが、本作では珍しく一致を見た!! ボディもGood!(笑)


『分断の街で』 ( 『City of Borders』 2009/USA)
―――民族・宗教・差別の壁を越え、自分らしさを求める5人の姿
エルサレムにある「シュシャン」という名のゲイバー。エルサレム初のゲイの市協議会議員サアル・ナタネルが開いたこの店に、人々は宗教、民族、差別の壁を越えて、自分が自分らしくあることを求めて、集い合う。命がけで西岸から壁を越えやってくるパレスチナ人のブーディ。かつてイスラエルの兵士であり、ゲイプライドパレードの最中に同胞のユダヤ人に刺されたアダム。ユダヤ人とアラブ人のレズビアン・カップルであるサミラとラヴィト。異なる世界に生きる人々が、お互いを認めあえる場を…。そんなナタネルの思いの結晶であるこの店が与える影響は、やがて店の外にも広がっていく。宗教や文化が複雑に絡み合う街を舞台に、人間の尊厳尊厳とは何か、人々を分断する壁とは何かを問う傑作ドキュメンタリー。(プログラムより抜粋)

宗教が絡むとかえって人間は不寛容になるのか!?
昨年も鬱々とさせられたこのテーマ、更に民族問題も加わって複雑な様相を呈すドキュメンタリー。
自分の生まれ育った国の、無宗教だか多宗教(?)だか分からないエエ加減な国民性に思わず感謝を覚えてしまう始末だ(全く問題無しとは言わないが)。
ラスト近くで「シュシャン」は諸事情から閉店となり、フォーカスされた人たちもそれぞれ所を替えたりしていく。 問題は残されたままだが自分なりに前進しようとする人々は たくましい。
幸あれ、と祈るばかりだ。


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