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最初に謝ってしまう、「ごめんなさい、スミマセン、申し訳ない!」

タイトルをご覧になって
・ 「また、動物もの?」とうんざりor喜んだ方へ、違うのです。
・ “或るキャラ達”が頭に浮かび、悲鳴or歓声を上げた方へ、そうなんです。
後者の、悲鳴を上げた方たちは、このキャラ達でカップリングする事自体に拒絶反応があると推察されます。故にこのあとの記事はスルーされることをオススメします。だって“年齢的”にも余計なストレスは受けない方がいいと思うもん!……(滝汗)
えー、今回も古いふっるいお話です。

復刊なった野村史子『テイクラブ』で久し振りにコッチ系の表紙を飾った魔木子さんのイラスト。ご存じない若い方たちが「レディコミと勘違いする」と仰るのも無理からぬこと。
調べてみたら、単行本では山藍紫姫子『瑾鶤花』(コアマガジン)の95年6月発行が一番新しいみたい。なんと12年前だよ!(雑誌だと「Charade」2000年3月号掲載の鷲尾滋瑠『Gothic Game 後編』が直近らしい。それだって7年前だ)
今やすっかり“レディース・コミックの作家”として認知されている魔木子さんだが、昔々はBLコミックを描いていて単行本も何冊か出版されている。当時の私はなるべくオタク界から身を遠ざけようとしていた時期なので詳細は分からない(すみません!)が、同人活動もされていたはずだ。
というのは商業ベースで出版されたBL作品も、前述の“或るキャラクター達”の二次創作から派生したものであることが歴然とした作品だったからだ。ではそのキャラとは何という作品の誰なのか?話は更に昔々へと遡っていく――

――1974年秋、夕刻の茶の間で泣きじゃくる女児、傍らにはそうまで泣くわけが分からず完全に引いている男児。折しもTVからはアニメーション番組のエンディング・テーマが流れ出す――
当時のTV事情から放送日・時間に多少のズレはあったと思うが、日本全国の家庭の百軒に一軒で似たような光景が見られたはずだ、多分。
放送されていたTVアニメは『K学ニンジャ隊Gっちゃまん』(1972年10月1日~1974年9月29日/全105回)、アメコミの影響を受けたようなバタ臭い絵柄とアクションがウリのTの子プロ製作の30分もの。
女児がなぜ泣いているかといえば、お気に入りのキャラ・コンドルのJoeが最終回で地球を救う羽根手裏剣を投じたあと息絶え、死体も瓦礫に埋まってしまったと思ったから(後に続編でサイボーグとして復活した時は激しく興醒め)。
当時の風潮として、女の子が男の子向けの番組を視聴していることは大っぴらに語られなかったがTの子の作品はキャラがカッコよかったので女子のファンも多かった。特にこのGっちゃまんは主人公・大鷲のKenとコンドルのJoeという“正統派・正義感が強い二枚目&ニヒルな個性派・暗く悲しい過去がある”というダブル看板で女子のハートをガッチリ掴んでいた。つまりどちらかのタイプに引っ掛かっていたというわけ。
しかし世の中には、どちらかのキャラが好きというより、この“二人の並び”にこそ引っ掛かる人もいた、ようだ。
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何事でも“最初”って印象深くないですか?
以前の記事でも触れたけど、最初の体験(それがどんなことであれ)が個人の嗜好とか行動原理について与える影響って結構大きいと思う。
で、ちょっとしつこいが初めて「萌え」を自覚した(当時はこういった概念が無かった)『ジョカへ・・・・・』について、もう少し語らせてください。というのも、
もっとこういう話が読みたーーい!!
5月30日付の記事で私は叫んでいましたが、“こういう話”とはあたかも「男の子と男の子が妙に仲のいい話」すなわち『ジョカへ・・・・・』でも男の子同士が仲良くしている話かと、未読の方の誤解を招きかねない事に後から気が付きました。本当に鳥頭で申し訳ありません!(泣)

『ジョカへ・・・・・』は三回に亘って雑誌に掲載されました。以下、
<Part 1>は子供時代の話~ソランジュ(♀/元シモン・♂)の登場、まで。
<Part 2>ソランジュの出現による周囲の動揺~彼女がシモンだとジョカが気付く、まで。
で物語は<Part 3>で一挙に展開し、読む人によって解釈の分かれる同時に作者の優しさを感じるラストで終了する。枝葉に捕らわれ過ぎなければ「幼馴染の純愛ロマン」として充分堪能できる作品なのです。
主人公ジョカ(女子!)は、シモンが既に死亡しているのだからと泣く泣く彼を諦め、ジャン・クロードと結婚しようとしている。が、心の中のシモンは消せない。一方シモンは薬で染色体が変えられたからといって心までは変わらないと、今もジョカを深く愛している。帰ってきたのもただただ彼女の幸せに輝く笑顔が見たいゆえ。
ほーら、美しいロマンスでしょう!

ところが私は、本来ジョカとソランジュの緊張感を高めるためのスパイス的役割であるジャン・クロードに、もっといえば彼の感情の揺れに気を取られたわけです。
(以下は作品のキモではなく個人的なキモの紹介、クドイです!)

私が目覚めたキッカケをつくった作品についてどう書けばいいのか、考えあぐねていたので紹介記事(30日付)をUPできて少しホッとしてる(単なる自己満足ですね、すみません)。
補足として当時のマンガ遍歴(ホンの一部)も記しておく。
【注】BL、萌えに直結しないので興味ない方はスルーしてください。ゴメンネ。

私が学年雑誌(「小学○年生」というアレですね)に掲載されるマンガに飽き足らず、最初に購入した少女まんが誌は「りぼん」だった。何故「りぼん」かというと、当時好きだったTVアニメ『魔法使いサリー』に掲載誌としてクレジットされていたからだ。ところが購入してみると連載はとうに終了して『サリー』は載っておらずガックリ(まだ小さかったのでよく分かっていなかった)。だがそれも束の間、掲載された少女まんがを読んで私は喜びに包まれた「楽しい世界がここにある!」
そもそも学年雑誌のマンガはほのぼのした(毒にも薬にもならない)ギャグ(?)マンガとバレエもの(実質は母子もの)が載っているくらいで(それはそれで楽しんだが)なんともぼんやりした世界だった。そこへ“少女”に向けてピントを絞った作品群が現れたのだからひとたまりもない。特にデビューしたばかりの一条ゆかり作品は他のベテラン作家の作品を差し置いて圧倒的に鮮烈だった。とにかく新しかったのだ!

<余談だが、私の記憶が確かならば(大笑)初めて買った「りぼん」の読者ページには“PTA”の推薦文が付記されていた。ところが次号あたりで消えてしまう。一条ゆかりの登場もあって従来の路線からロマンスへと重点を移し始めた所為なのか?>

その後、月一冊では物足りず立ち読み(スミマセン!)しまくることになる。
むかーし昔、マンガ本たちは現在のように緊縛シュリンクされていませんでした。本屋のオヤジのはたき攻撃をくぐり抜けての立ち読みは昔のマンガ小僧には当たり前の日常、私も例外ではありませんでした。というのも当時の大人の多くはマンガ自体をとても低く見ていて子供にはなるべく読ませたがらず、我が家でも月に一冊買ってもらうのが限界だったからです(もちろん立ち読みが良い習慣とはいえませんが)。
そうして読んだマンガの中に、どうしても忘れられず単行本になるのを心待ちにした作品がありました―――

『ジョカへ・・・・・』 大島弓子
 全1巻/小学館フラワーコミックス(1975.08)<別冊少女コミック 1973年4,7,9月号掲載>

【あらすじ】
幼くして両親を亡くしたシモンは同い年の娘・ジョカを持つおじ夫婦に引き取られる。両親は仕事に忙しく、幼い二人は寄り添って育っていく。それは同時に幼い恋を生み育てることとなる。
シモンがジャン・クロードと決闘することになった時も、ジョカは心配の余り父の研究中の薬を彼に飲ませてしまう。だがそれは力を強くするものではなく性転換を引き起こしてしまうものだった。泣く泣く留学と称して外国へ渡るシモン。
――7年後、留学先で死亡したとして消息を絶ったシモンが戻って来る、ただし女性のソランジュとして。卒業を待ってジャン・クロードと結婚するジョカを祝福するためだった。
転校生として現れたソランジュ(シモン)の美貌に色めき立つ男子生徒たち。それは幼い頃の親友・ピエロと、ジョカと結婚間近のジャン・クロードも例外ではなかった。
ソランジュの登場とジャン・クロードたちの変化にジョカも疑問を抱き、混乱し始める「彼女は何者か」と。次第に精神的に追い詰められていくソランジュとジョカが最後にとった行動は……。

幼い時を共有した二人の純愛に、SFチックな展開を絡ませた佳作。30年以上も前の古い少女まんがですが、時代設定などを特に説明しなくとも読めると思います。
雑誌掲載1回目で、男の子が女の子になってしまう展開に興奮し、次の掲載を待ちに待った(3ヶ月!)ガキンチョの私に、更なるショーゲキを与えた作品でもあります。
なぜって……
ワタクシ難しい話は得意じゃない、というより無理がある(涙)のですが自分で始めたからには頑張らねば…。まず越えたいのは「馬鹿の壁」か?(笑)

私が[ご案内]で「今のBLと呼ばれる作品の、直接の親とまでは言えないにしても「祖の祖」の一つとくらいは言えるのではないか、或いは作品が生み出される触媒となったのではないか」といったのは、主に70年代の少女まんがを指しています。始まりは自然発生的に現れた作品たちですが、今さら私が指摘するまでもなく根底にはジェンダーの問題-問題が大仰ならばジェンダーに対する意識と言い換えてもいい-が潜んでいた、といっていいでしょう。また当時のグラム・ロック(デビッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」や「ロッキー・ホラー・ショー」、T・レックスなど、聞いたことありませんか?)の流行も影響があったと思います。
当然のことながら作家によりアプローチの仕方やテーマは違っています。なかでも「性(別)を越境する」キャラクターは作家にとって魅力的であったようで両性、中性、二次的に男装・女装のモチーフはたくさんの方たちが採り上げました。現在見掛けることが少なくなった(絶滅危惧種?)こういったキャラクターがJUNEの初期作品にしばしば登場するのはこの頃の作品にシビれた子供が成長して創作活動に入ったから、とみることもできます。
本日はサルベージ物件の中からそんな「越境者」のお話を紹介します(のっけからネタバレですみません)。

『薔薇子爵』 大和和紀
 全1巻/講談社コミックスミミ(1977.12)
<月刊ミミ・76.4、76.11、77.5、77.12月号掲載>

【あらすじ】
馬車が走り、女性がまだコルセットをしめていた時代。
人違いで辺鄙な場所の家庭教師にされてしまったフェーデは神話の中の住人のような美少年ギデオンと出会う。家庭教師の必要など無いほどの知識と美貌を持ちながらも隔絶した世界で暮らし絶望的な孤独感に苛まされる彼に共鳴するフェーデ。彼女はアクシデントから人を殺し追われていたのだ。彼女を逃がし自ら囮として崖から飛ぶギデオン。そこから彼の流離う日々が始まる―――<表題作より、他3話収録>

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