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BL関連話  2007.12.31

随分と間が空いてしまいました、お久し振りです、こんにちは。
気付いたら正しく年の瀬も年の瀬、ギリギリ(汗)です。
何をしていたのか今イチ記憶が定かではないのですが疾風怒涛の日々で、文字通り忙しく心落ち着かず、容量の小さな私は記事を書く余裕がありませんでした(ネットはちょこちょこ覗いていました)。当然BL本も(買い込むだけは買い込んで)読めていません(かろうじて“まんが”は読めました)。
そんなこんなで更新が全く出来ず、遊びに来てくださる皆さんに無駄足を踏ませてしまい申し訳なく思っています。本当にごめんなさい。
おまけに間が空きすぎて記事の書き方を忘れてしまった馬鹿者です。すみません、すみません(泣)。
しかし日々の中で気になったネタはありました―――

【棚卸しネタ ・ その一 「本当のはなし」】
樹生かなめさんの医者ものに必ずといっていいほど登場する“スゴイ患者さんたち”。
私はずっと、あれは樹生さんのホラだと思っていました。或いは「針小棒大」、会話の中のちょっとした行き違いを膨らましに膨らませたのだと。 とんでもない!思い違いもいいところです。あれは真実、実情に限りなく近いフィクションでした。
去年からやたら大きな病院に行く機会が増え(この冬に至っては何ヶ所行ったっけ)、有り余る待ち時間と診察時にどうしても目に入ってくる患者さんたちの様子に既視感を覚える私。
大抵の皆さんはおとなしく待っているし、受付や看護士さんたちとの会話も特に引っ掛かるものはないのですが、あるんですよポロポロと、第三者が聞いていると首を傾げたくなるようなやり取りが。内容もそうなんですが、だいたい、そういうやり取りはエンドレスかと思うほど延々と同じ問答の繰り返しです。
初めは高齢者ならではの事かと思ったのですが、一概にそうとも言えない。
身近な例も含め幾つか観察して分かったのは「彼女(彼)は自分の望む答え以外は聞く気が無い」ということです(樹生さんの作品でも同様の事例があったような)。
また、医師・看護士などの医療従事者の話は難しくて理解できないと最初から思い込み、耳では聞いても脳みそは聞いてないというケースも。だからトンチンカンな会話がずーっと続く。
時には相手が質問しているのにそれには答えず、先ず自分の喋りたいこと(大体いかに自分がよくやったか、或いは愚痴)を喋りだすひともいたりするのです。病院側も慣れたもので通常の診察なら程々に聞いてガス抜きをするようですが、緊急時には「質問に答えて!」と切り込んでいました。うーん、プロだ。
 ◆なぜ棚ざらしになったか―→樹生作品の“スゴイ患者さんたち”の描写も織り交ぜて実情がコメディに変換される作家のワザを記事にしたいと考えたのだが、抜き出す時間が無く、そのうち管理人の気力の方が萎えてしまった。
誠に、もうーしわけございません!!(涙)

【棚卸しネタ ・ その二 「ご当地BL」】
BLに“職業もの”なるジャンル(?)が出来たのはいつからなんでしょうか?
名前だけの“ナンチャッテ職業もの”から、その業界で働いて得た確かな知識を基にしているものまで千差万別、玉石混合ありますね。何しろ読者の側も色々な職業の人がいるので浅薄なものはすぐに見抜かれてしまう。用語の使い方ひとつでも、素人の目は眩ませても業界の人には噴飯もの、という場合もあるでしょう。
同じような危険は地名などの固有名詞でもあると思います。
例えば都内の一等地に豪壮な邸宅を構える大富豪という設定の場合、具体的な地名をあげるとしたら何処にするか?いくら有名な一等地で坪単価が高くても銀座はありえませんよね。また高級住宅地として名を馳せている土地もそれぞれに土地の故事来歴があり、所有者のお家がどういうものか透けて見えてしまうので、うかつな指定は興醒めの恐れがあります。だからどうしてもボカしてしまう(よく分からずにそうしている作家もいそう)。或いはとても漠然とした名前を出す(例えば区名とか)。そんなところで夢から覚めたくないですもの、当然です。
でも時々読んでいてその土地に行ってみたーい!と思わせるものに出会うと面白さは倍増します。私の場合、かわい有美子さんのご本はその率が高い。もし「<BL読者向け>関西建物探訪」なるツアーがあったら是非参加したい!!
そんな私が最近感心したのが、水原とほるさんの『青の疑惑』(キャラ文庫)。
こちらは横浜が舞台なのですが、出てくる土地のチョイスがなんともニクイ!絶妙です(受の営んでいる整体院の所在地が野毛、通ってくるお姉さんたちの店が伊勢佐木などなど)。
 ◆なぜ棚ざらしになったか―→作品の中での場所の役割とそれぞれの土地のイメージがいかにマッチしているか滔々と語ろうと考えたのだが、実際にそこで暮らしている人にとっては合っているのか不安になり頓挫する。
誠に、もうーーしわけございませんっ!!(涙)

なんとも締まりのないまま本年は終わりますが、このブログは細々と続きます……。
遊びにいらしてくださった皆さん、お出でいただきありがとうございます。来年もよろしく!

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相変わらず、細々とながらも“少女まんが”読んでいます。
でも“少女まんが”と言いながら正しく少女期真っ只中の読者ではないので本来の少女まんがの定義からはずれていると思う。でもレディース・コミックという呼称には抵抗があるしねぇ、何か良い呼び方はないでしょうか?
で、本日は今年読んだ“少女まんが”から印象に残ったものについて、です。BLど真ん中以外は興味ないわ!という方はスルー願います。ごめんなさい。

まず春に単行本が出た吉田秋生さんの『海街diary 1 蝉時雨のやむ頃』。
代表作『BANANA FISH』は“ニアーなかをり”で同士にも人気がある(私も大好き)。その後もリンクした世界での大掛かりな作品(『YASHA』、『イブの眠り』)が続き、初期の頃のような身近だけれど繊細なお話はもう読めないのか(単発以外では)と思っていた。一転して鎌倉を舞台にした“市井のひとたち”を描いたのがこのシリーズ。
一話目の「蝉時雨のやむ頃」は【こんなお話】 <大いにネタバレしています>
両親の離婚後、育ててくれた祖母(故人)の家に今も三人で暮らす香田姉妹。そこに幼い頃出て行った父の訃報がもたらされる。しぶしぶ赴いた東北の地で、腹違いの末妹と父の再々婚の相手に対面し、葬儀にも参列する。互いの中に通じるものを感じた三姉妹と末妹は一緒に暮らす事を選択する。 (他に「佐助の狐」、「二階堂の鬼」を収録)。

あらすじだけを追うとこれだけの話なのだが、約70頁のなかに登場する三姉妹、末妹、父の再々婚相手の他に、姿の出ない父と母のひととなり生き方が描かれており、密度が高い。が、読んでいて息苦しく感じることはありません。むしろ笑いながらサクサク読める。それでいて所々にガツンと来るセリフがあり、読み応えありました(満足!)。姉妹を主人公に据えた作品は洋の東西・時代を問わずたくさんありますが、家族という小さな単位の中で色々なタイプの女性を描けるので作家にとっては挑戦し甲斐のある設定なんでしょうね。確かに読んでいてついつい女性の生き方についてまで考えちゃいました(いや、そんな読み方をするのはアンタだけ!?)。
しっかり者の長女、酒と男にユルい次女、飄々としていてマイペースの三女、環境のせいで長女のひな型のようにしっかりしている末妹、幾つになっても親になっても頼りなく自立できない再々婚相手の女性。姉妹は女性のなかに父の出奔後、自分の親に子供たちを押し付けて出て行ってしまった母の姿を見る。
――― 「あれだけ人目も気にせずこっちがドン引くぐらい泣けんだもん/ストレスたまんないよ/うちらの母親にそっくりじゃん」 ―――
――― 「ああいう人はすぐまた別の頼れる人を見つけるものよ」 ―――
そして話の縦軸となっている父の存在。
――― 「(前略)あんなにたくさんの人がお葬式にきてくれて/みんながやさしい人だったっていってた…」 「やさしくてダメな人だったのよ/友だちの保証人になって 結局 借金を背負って 女の人に同情して すぐその人と どーにかなっちゃうなんて/ダメなやつの典型じゃないの」 ―――
そんな父が安住の地に選んだのは、“お気に入りの場所”からの眺めが鎌倉に似ている土地だった。そこで彼が最後まで大事にしていた三姉妹の写真を見てようやく折り合いをつける。
――― 「…お父さん やっぱりやさしい人だったんだよ/ダメだったかもしれないけど/やさしかったんだよ」 ―――
ラストはこう結ばれる。
――― 我が家に末の妹がやってきた ―――

二話以降もこの四姉妹を核に周囲のひとを絡ませながら話は続きます。各話毎に話題・中心人物が変わっていくので連作形式というのが合ってるのかな?
アクション大作に慣れてしまった人にはもの足りなく感じられるかもしれないけど、いずれも笑いとしんみりの加減が良くてベテランの上手さを感じます。
吉田さんは以前にも鎌倉を舞台にした作品(*)を描いていて、今回そちらの世界とリンクしているのも面白いです(朋章が出てくる!)。また個人的に、舞台となっている鎌倉はよく知っている場所なので、見覚えのある場所が描かれているのも楽しみ。
派手さはないけど、少女から大人の女性まで楽しめる作品です。オススメ!

BL関連話  2007.12.11

先日の記事で「ヤボ用ばかり」と嘆いていたら更なる試練が!(私事ゆえ省略)
日頃怠けきっている身体にはよほどの負荷だったのか昨日はダウン状態、情けなーい。

こんな時は明日への希望を繋ぐのだーと、来年の予定をチェックする。
まずはイベント、春のJ庭は……3月9日(日)ね!
この日と前後の三日間は絶対に行事を入れさせない!!と固く心に誓う(自分独りで誓っても意味は無いのだが)。 同行者さん(いてくれたら/汗)にはお荷物が増えて迷惑な話だが、一度味わった蜜の味は捨て難いのだ。というわけで四方八方にヨロシクと電波を送る。 ヨロシクねー、ヨロシクねー

次は刊行予定っと、……おお!?
1月にも要チェック物件はあるのだが、私の目を引いたのは2月のクロスノベルス。
イラストレーターこそ違えども、“剛しいら 『緑の記憶(仮)』”って「如月せんせい(*)」ですか!?
慌てて剛さんのHPに飛んでも未だ告知は出ておらず、こちらは身悶えるばかり。
うーん、待つしかないのか。
(*)クロスノベルスから『水の記憶』と『炎の記憶』が、同人誌で『風の記憶』(未読)が出ています。
深窓の令嬢もかくや、といった超オクテな受が一途な年下ワンコとゆっくり育む愛(笑)に、一種の謎解き要素(受が思春期専門カウンセリングの精神科医)も加わって面白いです、オススメ(派手めな話が好きな人には不向き)。

さて戻って1月。
購入予定とは別に(オイ!)、ちょっと気になるのが「イカ本」で俄然私のトンチキ魂に火を点けた神香うららさんの新刊『純潔で甘いフェロモン』(ダリア文庫・1/12発売予定)。 多分カワイイ系のお話かと思うんだけど、どこかにアノ片鱗がないかなーと。お遊びで書いた話をいつまでも引き摺られるのは作者からすれば迷惑なことでしょうが、やっぱりアレはイカしてたよ。
もう一つの“ちょい気に”物件は愁堂れなさんの『新宿退屈男(仮)』(ラヴァーズ文庫・1/25発売予定)。 まさか、いや絶対“旗本”とは関係ないだろうけど、このタイトルは気になるー。額に三日月の傷は無いよね?セリフの合い間に「ぱっ!」なんて発声しないよね?BL読みには全く分からない遠ーい世界だもんね、連想する方がおかしいのよね?と思いつつかすかな期待……。果たしてこの記事をご覧の年長さんたちだって、ついては来れないでしょうしね。すみません、痛いヤツで(涙)。ちなみに愁堂さんは未読の作家さんなので作風が読めないのです。恐ろしい勘違いもその所為なのねと見逃してください。

イカは私の1月刊行分チェックリスト(発売日はあくまで予定日です)。
いつも他人さまのリストを楽しみに眺めているばかりで申し訳ない気がしていたので、たまには自分のも晒しの刑でゴザイマス(物凄く恥ずかしいのですが)。
恐ろしいことに暦も12月。今年もひと月、切ってしまった!
しかも師走って予定が無くてもせき立てられるように慌ただしく過ぎていく(ように感じる)のだもの、堪らない。楽しい予定ならともかく、入っているのはヤボ用ばかり。くさるぜチクショー!
と、いうわけで本日も“付き添いさん”絶賛遂行中!?突然の寒気は年寄りにとって苛酷なもの、仕方ありません。それに、強欲な私はこんな時とばかりに自分へのご褒美を忘れませんから!
「自分へのご褒美」――それはとてもささやか……(涙)。
だって、たまーに途中下車して滅多に行けないBックオフ○○店へ行く事なんですよ?ささやかでしょう?もちろん、単に“行ってくる”わけじゃなく、しっかり立ち読みとお買い物をしてきますけど、それだってささやかなものでしょう?ブランド物を買い漁るのとは金額の桁が違いますからね。

さて、私がたまーに行く○○店は、駅近なのに賑やかなエリアから微妙に外れているため、何とな~く場末感が漂っている。品揃えもそれが関係あるのか無いのか、一般の小説やノンフィクション類がとても“薄い”。その代わり(?)青少年向けまんが、次いで少女まんがなどはマアマアといったところ。肝心のBL本は「多くはない」のだが、BOならではの「お宝発見」がこれまた“たま~にある”ので「行ける時は行っとけ!」となるのだ(ちなみに、いつ行っても『海ニ眠ル花』(中村春菊)の1巻がある不思議な店)。
で、本日の昼下がり、あたりを付けていた青年まんがをチラ読みしたりガッツリ読んだりしながら奥の小説フロアの一画にあるBLコーナーに向かう。以前は少女まんがコーナーに隣接していたのだが、ある時久し振りに行ったら“隔離”されていたのだ。むむむむ……。

今日は収穫があるかしらと視線を巡らせた先には先客がいた。
……えっ?
男性である。いや、男性とかち合ったことは前にもあった。その時は時間に余裕が無かったのでちょっと気が咎めたが知らん顔して物色し始めたら、向こうも知らん顔で去っていった。武士の情けか、かたじけのうござる。
ところが今日の男性はガッツリ立ち読み態勢に入っていてこちらに気付いた様子が無い。こうなると申し訳ないと思いながらも、つい横目で観察してしまう。どのような風体かは、それこそ申し訳ないので省略。問題は表情、ちょっとニヤニヤしつつ楽しそう。あー、自分もこんな表情で読んでいるのかと恥ずかしくなる。おまけにこの距離でも気が付かないって没頭し過ぎでしょ、立ち読みなのに。
私が物色していても微動だにせぬ彼に段々こちらの居心地が悪くなってきた頃、若い女子二人組の声が近づいてきて、さすがに気付いたようにハッとした表情になる。次の瞬間、こちらにも気付きギョッ! 気まずい……。
その後すーっと居なくなった彼が購入のための本を持っていたかどうかを見届けなかったのは、返す返すも不覚でござった(いぢわる)。

え、今日の成果ですか? 8冊です(うち7冊が105円。ラッキー♪)。
そう、また増えてしまったの。整理する話は何処へいってしまったのでしょうね(遠い眼)。
今年のサンタさんへのお願いは「倉」かな……。

最初に謝ってしまう、「ごめんなさい、スミマセン、申し訳ない!」

タイトルをご覧になって
・ 「また、動物もの?」とうんざりor喜んだ方へ、違うのです。
・ “或るキャラ達”が頭に浮かび、悲鳴or歓声を上げた方へ、そうなんです。
後者の、悲鳴を上げた方たちは、このキャラ達でカップリングする事自体に拒絶反応があると推察されます。故にこのあとの記事はスルーされることをオススメします。だって“年齢的”にも余計なストレスは受けない方がいいと思うもん!……(滝汗)
えー、今回も古いふっるいお話です。

復刊なった野村史子『テイクラブ』で久し振りにコッチ系の表紙を飾った魔木子さんのイラスト。ご存じない若い方たちが「レディコミと勘違いする」と仰るのも無理からぬこと。
調べてみたら、単行本では山藍紫姫子『瑾鶤花』(コアマガジン)の95年6月発行が一番新しいみたい。なんと12年前だよ!(雑誌だと「Charade」2000年3月号掲載の鷲尾滋瑠『Gothic Game 後編』が直近らしい。それだって7年前だ)
今やすっかり“レディース・コミックの作家”として認知されている魔木子さんだが、昔々はBLコミックを描いていて単行本も何冊か出版されている。当時の私はなるべくオタク界から身を遠ざけようとしていた時期なので詳細は分からない(すみません!)が、同人活動もされていたはずだ。
というのは商業ベースで出版されたBL作品も、前述の“或るキャラクター達”の二次創作から派生したものであることが歴然とした作品だったからだ。ではそのキャラとは何という作品の誰なのか?話は更に昔々へと遡っていく――

――1974年秋、夕刻の茶の間で泣きじゃくる女児、傍らにはそうまで泣くわけが分からず完全に引いている男児。折しもTVからはアニメーション番組のエンディング・テーマが流れ出す――
当時のTV事情から放送日・時間に多少のズレはあったと思うが、日本全国の家庭の百軒に一軒で似たような光景が見られたはずだ、多分。
放送されていたTVアニメは『K学ニンジャ隊Gっちゃまん』(1972年10月1日~1974年9月29日/全105回)、アメコミの影響を受けたようなバタ臭い絵柄とアクションがウリのTの子プロ製作の30分もの。
女児がなぜ泣いているかといえば、お気に入りのキャラ・コンドルのJoeが最終回で地球を救う羽根手裏剣を投じたあと息絶え、死体も瓦礫に埋まってしまったと思ったから(後に続編でサイボーグとして復活した時は激しく興醒め)。
当時の風潮として、女の子が男の子向けの番組を視聴していることは大っぴらに語られなかったがTの子の作品はキャラがカッコよかったので女子のファンも多かった。特にこのGっちゃまんは主人公・大鷲のKenとコンドルのJoeという“正統派・正義感が強い二枚目&ニヒルな個性派・暗く悲しい過去がある”というダブル看板で女子のハートをガッチリ掴んでいた。つまりどちらかのタイプに引っ掛かっていたというわけ。
しかし世の中には、どちらかのキャラが好きというより、この“二人の並び”にこそ引っ掛かる人もいた、ようだ。
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