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日常雑記  2009.07.31

「何処かに連れてけーーっ! 連れてかないとグレちゃうぞー!!」
これは、生意気盛りワガママ放題の餃子大好き社会科苦手なターちゃん(9歳)の発言ではありません。分別もあれば社会的責任も負っている(はずの)働き盛り、管理人のオット(中年ど真ん中)が発した言であります。
ちなみに管理人はクルマの運転は出来ませんし、免許も持っておりません。
どうやって身体移動に何の支障も無い成人男子を連れて行くのでしょう?
………まあ、いいです。
とにかく、大きな豚が「どっか行きたい、美味いモンが喰いたい!」ブヒブヒ♪と駄々を捏ねるので、急遽どっかに行くこととなったのでした。
どこに行くの?   じゃあ何処に行こうか?
   行きたい場所はあるけれど、体力・気力、日程、予算(コレ大事!)を
   考慮して第一第二希望は却下(しょぼん)。
   もっとも手近な行楽地に決定!
   バタバタと慌ただしく準備。 宿もギリギリで予約OK。ぱちぱちぱち
   さあ、しゅっぱーーつ!!

   やややっ!? 行く手には雲が掛かっておりますぞ。
   果たして行き先は……?

ここはどこ?   とうちゃーーく!(やっぱりガスってる)
   ←ここは何処でしょう?
   この地の守り神がおわします社です。
   或る方のご実家とも縁が深い?
   私は思わず
   「高耶さん、あなたという人は……!」
   と呟いて(このセリフはこの地ではないはずだが)、
   アヤしいオーラを発してしまったらしく、
   「まーたおかしなこと言ってるだろ!」
と、突っ込まれてしまいました。 いや別におかしくはないですよ?(多分…)

 ↓ ジャーン!! これならどうだ!?
あ!   今年のレースも興奮しました(not 二次萌え)。
   後から来た人たちにガンガン抜かされながら展示の
   内容(文字ばっか!)をザァーッと読み、ここ数年の
   レースのダイジェストフィルムを鑑賞。
   チェックインしたいオットに促されなければ、もっと見て
   いたかった!
   「2時間はいなかったかもしれないけど、1時間半は
   確実にいた!」とのこと。
   でも “山の神降臨!”は どうしても見たかったんだよー!
 ↓ こちらは翌日 食した<カップルプラン>特典のデザートです(戸外を臨むカフェにて)。
甘い誘惑   有り難いことにカップルの年齢は不問でした(ほほほ…)。
   いいじゃんよ、幾つだろうと甘いモンは喰いたいんだよ!
   ちなみに、泊まったのはミーハーっ気の無い落ち着いた
   宿で、奮発して二泊しました。
   久々に命の洗濯~。 温泉にもしっかり入りました。
   お天気はずっとグズついていて思ったより湿気も多かっ
   たけど、焼け焦げにならずに済んだのでヨシ?


帰途   天候がそんな調子なので専ら行ったことの無い美術館
   巡りをしていました。
   あとは“食い気”ですね(笑)。
   持参した本(BL、非BL)は全然読みませんでした。

   ← こちらは帰途の前方を撮影したもの。
   やっぱりモヤッとしています。
   オレの人生、五里霧中…ってか!?

無事、帰宅~。
遅れているお返事やメール、溜めているアレコレを片付けなくちゃ(皆さん、すみません!)。
その中には自分への宿題(アルクさん新刊の記事)もあったのですが、結局書けないまま7月も終わってしまった……。 小林典雅さんと共に最もプッシュしたい大好き(愛!)作家なのに(涙)。 ちょいと温泉を浴びたくらいでは自堕落な根性は治りませんね(哀)。

まだ “夏のお勤め”が残っていますが、楽しいイベントは ほぼ終了してしまったので、私の夏休みは終わりです。 この先の暑さをどうやって乗り切ろう!? やっぱり読書?
確認してみたら去年も、「8月は新刊が少ないので積読の解消に努める」と言っていました(ホントに進歩ねえな、オレ)。 この分だと来年も似たようなことを言ってると思います。
皆さんの夏はいかがでしょうか?


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   東京国際レズビアンゲイ映画祭 (The 18th LGFF)   7/18(土) 於:青山スパイラルホール

『安らぎの家を探して』 ( 『A Place to Live』 2008/USA)
―――老後の人生を安心して暮らしたい そんな彼らを救うプロジェクトが始動した
サブプライム・バブルに湧いていたアメリカ。その影で、日々を苦しみながら生活する人々がいた。LGBTのパイオニアとして生きてきた高齢者達だ。かつては大きな夢や希望を抱いて、差別にも負けずに生きてきた彼ら。しかし年齢を重ねた彼らの老後は、決して楽なものではなかった。急速に値上がりを続ける不動産価格が彼らを劣悪な生活環境に追いやっていたのだ。貯金も無く日々を細々といきつないでいく彼ら。そんな彼らを救うべく、低所得層の高齢者が安心して住める、住宅プロジェクトが立ち上がった。しかも入居者はLGBTの高齢者だけ。この夢のような計画に大いに喜ぶ高齢者達。果たして彼らは「安らぎの家」に住む事ができるのか。(プログラムより抜粋)

ロサンゼルスに建設されたトライアングル・スクエア(「安らぎの家」)の入居希望者に密着取材したドキュメンタリーということで観た。
というのも自分にも着々と“老後”が近付いているからだ!
かつては余りにも漠然としていてイメージの掴めなかった老いた自分。 その時、何処でどんな風に暮らしているのか? 周囲の状況はどうなっているのか?
具体的事例が身近に見られるようになって(老親二組)、楽観的予想をしつつも不安は忍び寄る。 タイムリー過ぎる(涙)。

アメリカの同性愛者も世代によって事情が違う。
高齢となった世代は常に様々なものと闘ってきた世代だ。 多くは親族と断絶しており、子供も無く、頼れる相手はいない。 恵まれた高所得者ばかりではないのだ。
そこに飛び込んできた夢のようなプロジェクト。 だが全ての希望者が入居できるわけもなく、抽選の結果を悶々として待つ彼ら。 映画はそうした彼らの人生が窺えるインタビューで綴られていく。
抽選結果というクライマックスがあるものの、フィクションのような盛り上がりを演出するわけではないので、正直、所々で意識を失ってしまった(不覚)。
それと画面からは、出てくる人々の「劣悪な生活環境」ぶりがよく掴めず、 日本の年寄りの方が はるかに“劣悪な生活環境”なんじゃねーの と、思ってしまった。 間違ってますかワタシ?
「安らぎの家」計画は好評で二軒目の計画も立ち上がり、落選した人たちも希望を繋ぐ……。 だから全てがハッピーにうまくいくってわけじゃない。 それは当人たちもようく分かっている。 が、闘いを生き抜いた人たちはしぶといのだ。 取り敢えずの住処だろうが安らぎの地だろうが“人生をエンジョイするぜ!”の意気や たくましい。

   東京国際レズビアンゲイ映画祭 (The 18th LGFF)   7/17(金) 於:青山スパイラルホール

『ベイビー・ラブ』 ( 『Comme les autres』 2008/France)
―――子供が欲しい! 子育てがしたい! 僕の気持ちを、分かって欲しい!
仕事に恵まれ、安定した生活を送っている小児科医のマヌ。満ち足りているはずの彼なのに、子育てを楽しんでいる親類や友人が、まぶしく見える。自分にも、あんなかわいい子供がいたら…。マヌの父親になりたい願望は、日に日に高まるばかり。しかし、パートナーのフィリップは、子供なんかいなくても十分幸せだと言うばかり。そんなある日、不法滞在者のフィナと出会った二人。強制出国の不安を抱えながら生活に追われる彼女に対して、マヌは大胆な提案を。フィナと偽装結婚をしてあげる代わりに、マヌの子供を産んで欲しいと。どうしてもフランスに滞在したいフィナは、その申し出に同意したのだが、一方、フィリップとの仲は気まずくなるばかり…。(プログラムより抜粋)

プログラムのあらすじだけ読むと、マヌもフィナも「えーっ、どうなの…」と言いたくなりそうな人物だが、映画を観たらちょっと違っていた。
マヌの子供好きについては献身的な仕事振りと応対から納得させられる。 自分の血にこだわっているわけではなく、とにかく子供が育てたいので養子でも良かったのだがフランスでは同性愛者の養子は認められないという(「スペインでは結婚も養子もOKなのに!」と叫ぶマヌ)。
子供は要らないというパートナーのフィリップとの関係もビミョーな雲行きとなり、焦るマヌはとんでもない手段を思いつくわけだ。
一方のフィナは当初、マヌの思いつき―偽装結婚と出産―の申し出について怒り、断る。 だが自分の窮地を助けられ失礼を詫びられ、マヌの人となりを知るうちに彼の力になってもいいと思うようになる。 彼女の立場も追い詰められ困っていたことも確かだが、恋愛未満の好意が生まれていたことも確かだと思うのだ。
だが身篭ってみて、好意は好意止まりであることに気付き絶望するフィナ。
彼女の選択が賢いものとは思わないが、愚かだ責める気にもならない。 既に充分痛みを知ったのだから。 むしろマヌの強固な願いに引き摺られた犠牲者のようにも見える。
そう、マヌこそ“握力の強い女”ならぬ“握力の強いゲイ”なのだ! 欲しかった子供も手に入れ、赤ん坊にひと目でメロメロになったフィリップとも縒りを戻し、公私とも大充実の人生となるのだから。
ラスト、働くフィナを見守るようにそっと子供を見せに行く二人。 自分たちの幸せが何の上に成り立っているのか自覚して、押し付けがましくないように現れる二人にホッとしたのだった。
プログラム選択の段階で「フランス男(自己チュー)の赤ちゃんおねだりモノかあ。ウザそー」と一旦外していたのだが、本当に観て良かった。
ほろ苦さもありつつ、温もりを感じる作品である。


『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』 ( 『An Englishman in New York』 2009/England)
―――自らの信念を曲げずに生きた老作家が掴んだ栄光、そして挫折
イギリスの売れない老作家、クェンティン・クリスプは、出演したテレビ番組がまさかの大当たり。一夜にしてイギリスの有名人となる。しかし、自らをゲイだと公言する彼への世間の風当たりは強く、ついには悪魔呼ばわりまでされてしまう。そんな時、友人の助言により訪れたニューヨークは、彼にとってまさに新天地だった。彼のユニークな言動やライフスタイルは、ニューヨークで人気の的に。そんなある日、流行の兆しを見せていた「新しい病気」についての彼の発言が、物議の的になってしまう。真意を理解されない彼への風当たりは、ここでも激しくなっていく。失意の日々を送っていた彼は、ある日、才能豊かな青年と出会う…。(プログラムより抜粋)

Stingのアルバム『Nothing Like The Sun』は私にとってのベストアルバムでもある(現在)。 私の葬式の際には経はどうでもいいからこのアルバムをずっと流して欲しいと頼んでいるくらいだ。
特に『Englishman in New York』 には飽きることがない。
この曲がイギリス出身の作家クエンティン・クリスプをモデルにしていることは当時から知っていた。が、彼がどんな作品を書き、どのような経歴の持ち主なのかは全く知らなかった(何せ検索なんて無かった頃ですからね)。
かろうじて歌詞から、独自の生き方を貫いた人、どうやら奇矯なところのある人らしいとは推測できてもボンヤリとした理解でしかなかった。
今回この映画を観て、ようやく分かった!!ような気がする…

映画は1970年年代のイギリスから始まる。
既に老境に差し掛かったクリスプは自分の生き方、身の処し方というものを定めていて揺るがない。変化していくのは世間なのである。
クリスプの言動やファッション(老嬢のようにも見える老紳士!)を かつては奇怪に感じた人もいただろうが、今見ると上品に感じる。 流行語となってウンザリさせられた「品格」という言葉も彼にはピタリと当て嵌まるのだ。
老いを深めていっても尚、揺るがず、凛とした姿勢を崩さぬ彼の姿は美しい。
少々残念だったのは彼の恋愛事情についての言及が無かったこと。
もうちょっと“匂わせる”くらいは しても良かったんじゃないかなあ。
あれこれ風呂敷を広げず話を一つに絞った、映画としての一般性を取った結果なのかもしれないけど、ロマンスも欲しかったよー(涙)。
ともあれ私にとっては忘れえぬ一本となった。 制作スタッフに感謝である。


   東京国際レズビアンゲイ映画祭 (The 18th LGFF)   7/12(日) 於:新宿バルト9

『シェフズ・スペシャル』 ( 『Fuera de carta』 2008/Spain)
―――ビジネスの成功だけが、人生の目的だった  もしかしたら、それは違うのかもしれない
マドリードのおしゃれな地区で、有名なオーナーシェフとしてレストランを経営するマキシ。ビジネスは順調、友人にも恵まれ気ままな独身生活を送る彼のたった一つの願いは、ミシュランガイドで星を取ること。そんな彼の生活が、ある日を境に180度変わってしまう。離婚した妻が入院してしまい、2人の子供を引き取る事に!子供たちの出現は、マキシの友人達まで巻き込んで、毎日がまるでジェットコースター!そんな時、隣りの部屋にイケメンの元サッカー選手オラシオが引っ越しを。マキシのおいしい食事を味わったオラシオは、マキシにもうメロメロ。子供たち、オラシオ、友人たちとのハチャメチャな毎日を送りながら、マキシは何かが自分の中で変わってきたのを感じ始める…。(プログラムより抜粋)

はーい、今年もスペインのクマ系コメディを観て来ました!
昨年もそうでしたが、クマ系映画は客席もクマ率が高い。 その所為か凍えるほど寒いスパイラルで観た方が良かったかも、と思わせる熱気が場内に満ちていました。
そして、なんと上映前にはスペインのセルバンテス文化センター東京の方がご挨拶。
「スペインは同性婚も出来ますので是非結婚しにいらしてくださ~い。 スペイン人の恋人が出来たらウチ(国営の語学校有り)にスペイン語を習いに来てくださ~い」と広報活動をなさっていかれました。
ええっ、カトリックのお国で同性婚が出来るの!? 全然知りませんでした。
ちょっとぐぐってみたら2005年に法律が成立。 しかも08年の調査でも国民の7割が支持ってホント?それだけLOVEが大事ってお国柄なのか、と思ったら某所で「フランコ独裁政権時代の反動ではないか」という解釈を読んで、なるほどと。 守旧派になりがちな年齢層も支持しなければこの数字は有り得ないもんね。 抑圧・弾圧の苦しみをよく知っていてこその許容、容認。 甘やかしとは違うこうした寛容度を見習いたいものです。
閑話休題。

さて、肝心の作品ですが、テーマや内容よりも登場人物のハイテンションパッショネイトな日常に“お腹いっぱい”となるものでした。 私の感覚では“全身全霊で相手に対し叫び訴えてるとしか思えないテンション”でのコミュニケーションが日常茶飯事なんだもん。 会話で過労死しそう。
考えてみたら昨年観たスペイン作品もテンション高かったっけ。 コメディということで割り引いてみても“基礎値が高い”んだろうなあ。
コメディとしても濃度が高かったのだが、要素がちょっと多くて言葉足らずな部分が気になった(子供たちの事とか)。 字幕ものの宿命で、原語が解れば理解できたのだろうか? 残念。
嬉しかったのはマキシの相手役・元サッカー選手のオラシオがLeoさま似のイケメンだったこと!
常日頃 “業界の方たち”の言う「いいオトコ」と、ヘテロの私が言う「いいオトコ」とは同じ単語が指しているとは思えぬ大きな食い違いがあったが、本作では珍しく一致を見た!! ボディもGood!(笑)


『分断の街で』 ( 『City of Borders』 2009/USA)
―――民族・宗教・差別の壁を越え、自分らしさを求める5人の姿
エルサレムにある「シュシャン」という名のゲイバー。エルサレム初のゲイの市協議会議員サアル・ナタネルが開いたこの店に、人々は宗教、民族、差別の壁を越えて、自分が自分らしくあることを求めて、集い合う。命がけで西岸から壁を越えやってくるパレスチナ人のブーディ。かつてイスラエルの兵士であり、ゲイプライドパレードの最中に同胞のユダヤ人に刺されたアダム。ユダヤ人とアラブ人のレズビアン・カップルであるサミラとラヴィト。異なる世界に生きる人々が、お互いを認めあえる場を…。そんなナタネルの思いの結晶であるこの店が与える影響は、やがて店の外にも広がっていく。宗教や文化が複雑に絡み合う街を舞台に、人間の尊厳尊厳とは何か、人々を分断する壁とは何かを問う傑作ドキュメンタリー。(プログラムより抜粋)

宗教が絡むとかえって人間は不寛容になるのか!?
昨年も鬱々とさせられたこのテーマ、更に民族問題も加わって複雑な様相を呈すドキュメンタリー。
自分の生まれ育った国の、無宗教だか多宗教(?)だか分からないエエ加減な国民性に思わず感謝を覚えてしまう始末だ(全く問題無しとは言わないが)。
ラスト近くで「シュシャン」は諸事情から閉店となり、フォーカスされた人たちもそれぞれ所を替えたりしていく。 問題は残されたままだが自分なりに前進しようとする人々は たくましい。
幸あれ、と祈るばかりだ。


ヲタ話よもやま  2009.07.23

友人のブログでアニメーターの「かなだよしのり」氏の死去を知る(本来は漢字表記)。
享年57。早過ぎる。

アニメに興味の無い方にどうしたら解ってもらえるだろう?
キャラ萌えでもストーリーでも演出でもないアニメーションの本道、動きそのものと絵の見せ方で革新的な表現を生み出した彼の凄さを。初めて目にした時の衝撃を。
彼の仕事はそれまで動きそのものに余り興味を持たなかったアニメファンにも強くアピールし、業界においても沢山のフォロワーを生み出すこととなった。
これは現在の日本アニメの隆盛の一助となったといっても過言ではないと思う。
「生涯一(いち)アニメーター」と仰っていた方の人生としては余りにも短かったことが、ただただ悲しく残念である。
合掌。


日常雑記  2009.07.11

今年もLGFF(東京国際L&G映画祭)に行くぜ!
というわけで、オットに開催日の週末は不在と伝える。
彼も慣れたもんで「ふーん」で終わり…かと思ったら、
「女の人が男同士のそういうの(映画も もちろんだがBLを指している)を 観たり読んだりするのって何が面白いの?」
と聞いてきた!
以前にも「楽しい?」と聞かれて「楽しいよっ♪」と答えたら「分からない…」と頭を抱えていたが、それ以上は突っ込んでこなかった。 おお、今日はヤル気だな、と戦闘態勢に入る。 ←間違ってます

私「それを一言で言い表すのは大変難しいです。人によって食べ物の好みが違うように作品の好みも違うので、何が面白いか何処が好きかは個人によって違うのです」
O「えっちもあるんでしょ?男同士の」
私「あるある! でも全然無いのもあるよ」
O「そこが分からん」
私「え、だってストレートの男性向けにだって“レズもの”とかあるじゃない? 男性にとっては余計なモンが写らなくて楽しいんじゃないの?」
O「あ、俺それダメ。見る気になんないし、面白いと思えない」
私「ええっ、何で!? どうでもいいオトコの身体見ずに女体がツーだよ! 美味しいんじゃないの!?」
O「うーん、それだと俺が参加できる視点が無いだろ? やっぱオトコとして見るんだからさ」
私「ええーー!?参加ぁー?」
O「うん、参加」
私「第三者として、『キレイだな』とか『エロいな』とか思って見たりしないの?全然?」
O「うん、全然。ああ、オトコは必要ないんだなあって思うだけだよ」
私「ほえーーー!!」
いやもうビックリだ。

確かに受が自分の分身または自己の投影として読むという説もあるけど、単純に“成り代わる”とか“置き換えてる”とは違う気がする(そういう方もいらっしゃるのでしょうが)。
しかし、そういう部分が皆無かと聞かれれば、ゼロとは言い難い気もするし、更に作品によっては読む側の視点も替わる(受とか攻とか第三者とか)ので物凄く複雑だ。それは別に私だけじゃない気がする。すっぱりと単純明快に言い切れてたらBLを読んでないんじゃないかな。
オットのエロ(この場合はセ○○ス・ファンタジー?)に関するポリシーみたいなものが余りにもシンプルなことに改めて「何と違うことよ」、と感じ入りました。
こういっちゃなんだが、とても即物的だよオット。
これだからオトコって奴ぁ、とは申しませんが、そういう傾向が強いことは長く生きてりゃ色事に縁遠い人間でも察せられるよ。でもキッパリはっきり目の前で断言されるとやっぱり鮮烈だ。

この時の会話は他にも「何でBLを読むのか」について少し話したんだけど、オットの<参加発言>で全部すっ飛んでしまった。
もう一つの小ビックリは、「腐女子」という単語は知っていたくせに「BL」というジャンル名は知らなかったこと。
一体どういうルートで知識を得てきたんだ?
スットコドッコイの夫は、やはりスットコドッコイなんだなと、思い知らされた一件でした。


BL関連話  2009.07.04

自分が“そう”だからといって、他人さまもそうだと決め付けるわけではありませんが。
BL本に関しての言動で、下記に心当りはありませんか?
  新刊情報が出ると、作家、タイトルと共にイラストレーターをチェックする。<小説本>
  好きなイラストレーターの挿絵だと、つい買ってしまう or 購入の判断が甘くなる。<小説本>
  知らない作家だが、好みの絵柄だったので購入したことがある。<コミック>
  面白いと言われても、苦手な絵柄だと つい尻込みをしてしまう。<コミック>
  小説とイラストが合っていないと感じると、“本”の評価も辛くなりがちだ。<小説本>
  友人とBL小説のイラストの品定めをしたことがある(合っているorいない、誰が良かった、など)。
等など……。
あるある!という方は どれくらい いらっしゃるものなのかしらん。
逆に、全く該当項目が無いという方も どれ程いらっしゃるものなのか。
コミックならばともかく、小説においても 少々とはいえ ビジュアルが購入動機に繋がるというのはBL独特のもののような気がします。 もちろん読者だって作品自体の出来とは別物と分かっていての行動なんだから、外野にとっては不思議でしょうね。
どうしてなのか?
<少女まんがや少年漫画、TVアニメなどがBLの発生・発展に大きく寄与した>ことに関係してる?
それとも単純に、“人間は見た目で判断する”生き物だから?
長々読んできている人間にも判然としません。 いつかBLが研究対象となる日が来たら、これもまたテーマの一つになるのでしょうか。

さて、先の項目にも挙げましたが、「これは別のイラストレーターの方が良かったんじゃないの?」などの、“品定め”は友人同士で つい してしまいます(つい、ね/汗)。
時には同人誌や小冊子など、イラストが無いものについても「商業本でのイラストのイメージが強くて(ピッタリで)、読んでいて幻のイラストが見える」といった会話になったりします。
例えば最近では英田サキさんの『DEADLOCK』シリーズが そう。 高階佑さんのイラストがピッタリで、なおかつ甘さを程よく補強しているので、鮮烈なイメージとして思い浮かぶのです。
この夏 新装版が出る榎田尤利さんの『魚住くんシリーズ』(『夏の塩』、『夏の子供』)についても、
「茶屋町勝呂さん以外って考えられないよねー」 「他に合いそうな人って 誰だろ?」
などと話していました。
それから、シリーズもので たまにある イラストレーター交代に涙を呑んだ方はいらっしゃいませんか? 私は経験アリマス。 思わず、「ちっがーーう!!」と叫んじゃいました。
もちろん中には「これはアリだわ」というケースも(編集よく頑張った!)。
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