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文庫版で発売されるのを知って、「出すのはいいけど、なんて中途半端な出し方をするんだ」と、喜んでいいのか怒るべきなのか悩ましかったのが、藤さんの「ホーリーマウンテンシリーズ」。
これは以前、桜桃書房から『銀のバッチ』、『ロングスロー』と、2冊が刊行されたものの、完結部分まで単行本化されなかったシリーズ。私はリアルタイムでは読んでいなくてBOでどんな内容かも知らずに捕獲し、一読でヤられた。
完結していない続きを探しつつどこかから完全版が出ないかなあと願っていたので、文庫化との報に喜びながらも“2冊”と知り、まァーた完結部分は読めないのかい!と思い込んでいた。
すみません、大変な勘違いをしていました!既刊の『銀の~』と『ロング~』を1冊に収め、未収録だった部分に描き下ろしを加えたもう1冊との同時発売でした(滝汗)。 これは嬉しい驚き!

  ~ホーリーマウンテンシリーズ~ 『銀のバッチ』『約束』 藤たまき (GUSHコミック文庫)
【こんなお話】
―――地方の全寮制高校に編入してきた柄木永江(えぎ・ながえ)は、寮費が安いという理由でたった二人しか寮生のいないボロボロの旧寮に放り込まれてしまう。
一人は舎監も務めるクラス委員で端正な風貌の水上波手(みなかみ・はた)で、もう一人が同級生にしては随分と幼く見える苧麻莢(からむし・さや)だった。
莢の子供っぽい、時にはエキセントリックに感じる言動に振り回されながらも彼らと馴染んでいく永江。だが彼らに“関係”があることを知り、たじろぐ。そんな彼に、黙認し莢と親しくしてやって欲しいと波手は頼む。波手は12の歳から或る理由で発育不順だった莢の面倒の一切を見てきたのだ。いつしか永江は自分も莢に魅かれていることに気付く。
一方、波手は“常識”と莢への気持ちの板挟みとなり苦しんでいた―――

(注 : ネタバレしまくり!)
死にネタです。
冒頭いきなり、休み明けのクラスで莢が死んだことを告げられます。
これは作者自身、構成の失敗だったと言っています。或る意味結末が分かっているので、どんなシーンを読んでいても「今は楽しくとも…」と考えてしまい、ずうっと胸の奥が鬱々となったまま読むことに(涙)。
それに加えて若いキャラたちを揺さぶる大人も登場し、キャラ自身の弱さ・青さ・真面目さも相まって話は「イタさ耐久レース」の様相を呈します。
さながら、『八百一山涙の彷徨』 ……… 「隊長~、涙で前が見えませ~~ん!!」
(チョロくてすみません。このテのネタには本当に弱いのワタシ)

莢の発育不順の理由。それは望まれぬ子ゆえの母からの虐待でした。
丸一日以上を掛けて虐待の様子を語る莢。それを一人で聞き莢を受け入れる波手。二人にとって運命の出会いであり、これによって莢は救われるわけですが、波手は恋と同時に“親の役割”を引き受けたことになってしまう。それが後々彼を苦しめることになります。
波手は物事を理解していない子供と積極的に性的関係を結ぶような背徳的な人間ではなく、むしろ潔癖で生真面目な人間です。莢から押し切られるように関係を結んだあとも莢の成長のためには自分以外の人間とも交流を図り、友情や愛情(!)を育んだ方がいいと成熟した大人のような事を考えます。まだ十代の子供なのに!
元々しっかりした子供だったのが、莢を抱えて急激に片寄った成長を遂げた彼を更に受難が襲います。彼自身悩みながらの莢との関係を叔父・司に知られてしまい、正論をかざして弾劾されるのです。しっかりした優等生の彼は繊細な神経の持ち主でもあるのに、全てを背負い込んで疲弊し、ぼろぼろになっていきます。つらい過去を背負っている莢ももちろん不憫なのですが、私はこの波手が不憫で不憫で仕方なかったです。
慰めは、そんな二人を最もそば近くで見守ることになる永江が健やかで気持ちの良い子だったことでしょうか。いわゆる当て馬的な存在でありながら彼がいることで莢は癒され、波手は肩の荷が軽くなったと思います(少しだけ、ですが)。
『約束』はもう一人の彼らの理解者・校医の舳(みよし)先生視点で、二人が出会った直後から永江が登場するまでの話。
ここでも司サンがひと(複数!)の気持ちをズタズタに傷つける(怒!)ので危うく本を引き裂きそうになりました(汗!)。でも、この人がいなければお話が始まらなかったのよね……(彼が莢を救い出した)。

この作品は前述した“死にネタばらし”だけでなく、2冊通した作品全体の構成もよくありません(文庫版「あとがき」で掲載時の事情を述べている*)。
長年単行本化されなかったのは作者に、拙い部分や重複している部分、未整理の部分を描き直したい気持ちがあった為のようですが、果たせなかったというわけです。
また、心情を語るのに十代の少年が口にするか?というようなポエティックなモノローグが多用されていたりします(カユイ?)。莢は子供でエキセントリック過ぎるし、波手は年齢詐称を疑うような老成ぶりだし、永江は鉦や太鼓で探したくなるような真っ直ぐな少年です。
事情(*)を鑑みても突っ込みどころはまだまだ沢山あるのです。あるのですが………、私はこの作品がとてもとても愛しく感じるのです。
それは真面目な彼らの苦闘ぶりが、幼子のつかえつかえ訴えてくる真摯な様子を連想させるからかもしれません。反対に、キレイキレイに整えてしまったらこの作品の良さが半減しちゃったかも。(色々な意味で)今はもう描けないお話なのではないでしょうか。
通読して同作者の『アタ』(2007)は、この作品があったから生まれたお話なのではないかと思いました。ただし、同じモチーフを使っても今だったら、こう描く、というような。当然、テーマは違ったものとなっています。
私は大変心を揺さぶられましたが、お薦めはしにくいお話です。
死にネタ大丈夫ですか?ポエムな独白さむくなりませんか?山奥の全寮制ウソっぽいですか?
それに私自身が、「泣きます」というオススメは死んでもしたくない!(根性が曲がってるから) 私が泣いたからといって皆さんも泣かれるとは限りませんし(何せ最近チョロ過ぎるから)。
でも! 読んでほしい!!
そして、悩み苦しんだ果てに彼らが得たもの失ったものを見てほしい。主人公達は“十代の子供たち”ですが、これは大人の読み物だと思うので。




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