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BL関連話  2007.03.19

全国のBL本愛読者である同士の皆さん、こんにちは。
本日は一部の同士が既に声を上げ、今後の事態を憂えている「BL本の表紙における肌色占有率の増加と、それに伴う購入時の苦痛の緩和」について私見を述べてみたいと思います。

既にご承知とは思いますが、昨今のBL本における裸体・準裸体の氾濫には相当の猛者である読者をも戸惑わせるものがあります。ましてや入り口に立ったばかりの純なる乙女にとってはこのまま進むべきか退くべきか、大いに悩ませる高きハードルとなっている事は想像に難くありません。また新たなる萌え作品の発見・発掘にいそしむ多くの同士諸君におかれても年々ハードルが高くなってきていることを実感されていることでしょう。昨年はとうとう穏やか路線で安心させていたシャレード文庫でさえド肝を抜く表紙の作品(*1)を出版し、同士の肝胆を寒からしめたのは記憶に新しいところです。このままではエスカレートの果てに受だけではなく攻まで脱ぐのではないか(*2)と一部の同士が悦ぶ怯えを抱く事態にまで発展しています。
皆さん、このままでいいのでしょうか?
(「いいのだー!」「余計なお世話だー!」と怒号が飛ぶ)

……コホン。ここからすみませんが私の話をさせてください。
私は元来、気の小さな臆病者でBL本を読む時は自宅でもカバーを装着しております。書店にて購入する時もレジの店員さんと決して目を合わせません。書棚前でも同士と思しき方以外が立ってらっしゃると回れ右して店内を回遊し、立ち去るのを待つ始末です。心安んじてBL本探索に勤しめるのは広々としたコーナーが造られている大型書店くらいです。
更に言うなら余りにもお若い同士が周辺にいらっしゃると気後れがします。「あんな歳になってもまだ読んでるの?」と笑われているのではと疑心暗鬼の心境に陥るのです…!(涙)
すみません、話が逸れました。とにかく気が小さな私が肌色率の高い表紙の本を購入するのは大変な苦痛を伴う、ということを訴えたいのです。世の中は勇者ばかりではないのです。社会の片隅で、BL本から悦びと慰めを得ることによって日々の活力となし善良なる小市民のフリをする黒い羊たちもいるのです。どうかご理解ください(涙)。

そんな私が泣く泣くあられもない表紙[例:シャツのボタンが外れて乳首(いやん)が見えている、男同士で抱き合っている、等]の本を購入する時は
「これはRッズのサポーター、試合が白熱してきたので脱いでるの」
「W杯での勝利に歓び、思わず手近な人と抱擁してしまっているの」
等と自分に暗示を掛けてレジに向かいます。こんな自己欺瞞がいつまでも通るはずがありません。なにしろサポーターが脱ぐのは上半身だけなのです。下半身までは脱ぎません。そして、危惧していた通りの事態が…!(泣)

(涙を拭き)もちろん数多ある書評ブログ様を参考にさせていただいたり、「密林くん」や「オB1Kノービ」といった使い魔に頼むといった方法もあります。が、それでは自分で内容の確認が出来ませんし、思い掛けない掘り出し物と出会う機会も少なくなります。やはり店頭での検討は必要だと思います(洒落ではありません)。

そこで皆さんにお願いがあります。
出版社が行なう「全サ」や「全プレ」「アンケート」に応募する際、ひと言「肌色の多い表紙はやめてね」と書き添えていただけないでしょうか。多くの同士が訴えれば出版社側も考え直してくれるはずです。いかがでしょう?
……あれ?同士諸君の姿が見えないわ。どこに行ってしまったの?もしかしてこんな事を訴えたいのは私一人なの?
おおーい!おーーい!皆どこだー?どこー?……

    そして誰もいなくなった―――


[閑話休題]
そもそも肌色率の高い表紙は購買意欲をかき立てるのでしょうか?
「えろ有リマス」という判り易い表示にはなるかもしれませんが裸であればそそられる、とは思えません。確かに奈良千春さん(おそらく当代の人気絵師)が描かれるエロ画あたりになると別格ですが、別格は別格、誰が描いてもOKというわけではないのです。売らんかなとなるばかりに出版社側も目が眩んで冷静な判断が出来ていないのでは?或いはどこの業界でも行われているマーケティング・リサーチがされてないのか?と疑ってしまいます。
最後に私の大好きな言葉(昔の女優さんの)を記しておきます(例によってウロ覚え)。
「服を着ててもエロスを表現できるのに何で脱ぐ必要があるの?」
いくら出版社の注文とはいえ、絵を描くことを生業とするならばこのくらいの気概は抱いて欲しい、と願うのはもはや我が儘なのでしょうか。


*1 『妖樹の供物』2006年7月,『驕る僕を愚かに抱いて』8月発行
遡って、画像で確認できたシャレード文庫の表紙に最初に半裸が出現したのは2000年12月発行の『眩暈2』で着衣の攻&上半身裸の受、次は飛んで2005年1月『傲慢な彼ら』上半身裸の受に着衣の男二人が絡んでいる図。2006年は4月の『この夜の果て』で受がシャツ一枚の姿を披露して前段を作っていた。更に12月『ピジョン・ブラッド』、2007年1月『叔父さんといっしょ』、3月『純情と劣情の境界線』と従来のシャレード文庫のカラーとは異なる表紙が続出している。

*2 お気付きでしょうが、脱ぎっぷりがよいのは専ら受であり攻は圧倒的多数が着衣状態です。この事については“ついでに”語るのはふさわしくないと考え指摘するに止めます。


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