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   東京国際レズビアンゲイ映画祭 (The 18th LGFF)   7/18(土) 於:青山スパイラルホール

『安らぎの家を探して』 ( 『A Place to Live』 2008/USA)
―――老後の人生を安心して暮らしたい そんな彼らを救うプロジェクトが始動した
サブプライム・バブルに湧いていたアメリカ。その影で、日々を苦しみながら生活する人々がいた。LGBTのパイオニアとして生きてきた高齢者達だ。かつては大きな夢や希望を抱いて、差別にも負けずに生きてきた彼ら。しかし年齢を重ねた彼らの老後は、決して楽なものではなかった。急速に値上がりを続ける不動産価格が彼らを劣悪な生活環境に追いやっていたのだ。貯金も無く日々を細々といきつないでいく彼ら。そんな彼らを救うべく、低所得層の高齢者が安心して住める、住宅プロジェクトが立ち上がった。しかも入居者はLGBTの高齢者だけ。この夢のような計画に大いに喜ぶ高齢者達。果たして彼らは「安らぎの家」に住む事ができるのか。(プログラムより抜粋)

ロサンゼルスに建設されたトライアングル・スクエア(「安らぎの家」)の入居希望者に密着取材したドキュメンタリーということで観た。
というのも自分にも着々と“老後”が近付いているからだ!
かつては余りにも漠然としていてイメージの掴めなかった老いた自分。 その時、何処でどんな風に暮らしているのか? 周囲の状況はどうなっているのか?
具体的事例が身近に見られるようになって(老親二組)、楽観的予想をしつつも不安は忍び寄る。 タイムリー過ぎる(涙)。

アメリカの同性愛者も世代によって事情が違う。
高齢となった世代は常に様々なものと闘ってきた世代だ。 多くは親族と断絶しており、子供も無く、頼れる相手はいない。 恵まれた高所得者ばかりではないのだ。
そこに飛び込んできた夢のようなプロジェクト。 だが全ての希望者が入居できるわけもなく、抽選の結果を悶々として待つ彼ら。 映画はそうした彼らの人生が窺えるインタビューで綴られていく。
抽選結果というクライマックスがあるものの、フィクションのような盛り上がりを演出するわけではないので、正直、所々で意識を失ってしまった(不覚)。
それと画面からは、出てくる人々の「劣悪な生活環境」ぶりがよく掴めず、 日本の年寄りの方が はるかに“劣悪な生活環境”なんじゃねーの と、思ってしまった。 間違ってますかワタシ?
「安らぎの家」計画は好評で二軒目の計画も立ち上がり、落選した人たちも希望を繋ぐ……。 だから全てがハッピーにうまくいくってわけじゃない。 それは当人たちもようく分かっている。 が、闘いを生き抜いた人たちはしぶといのだ。 取り敢えずの住処だろうが安らぎの地だろうが“人生をエンジョイするぜ!”の意気や たくましい。

結局、心持ち一つの問題なんだよね最終的には。
どんなに傍から見たら恵まれていても、本人が不幸だ不運だと愚痴っていては ちっとも幸せではないだろう。 それとは反対ってケースもあるかもしれない。
もう一つ。 入居者の一人が「同じ指向の者同士の方が互いに変な気を回さずに済んで楽」という意味のことを話していて、つくづく思った。 老後に向けての資金の備えも大事だが、何でも話せる友人の存在も必要だと。
ああ、ワタシに巨額の資金があったなら!!
間違いなく <BL版オーヤケソーイチ文庫>併設の“BL読みのための高齢者住宅”を建設するのに!
あ、夢みる前に人並みの生活が出来るだけの資金を作れと何処からか聞こえてきます。
ごもっとも! 希望は捨てず基礎固めを忘れず、先ずはそこから。
足下を見るいい機会になったプログラムでした。


『アウトレイジ』 ( 『Outrage』 2009/USA)
―――「クローゼット議員」 アメリカの政界にはびこる偽善に、鋭く迫る話題作!
自身が同性愛者であることを隠し、または否定をしながら、議員活動を続ける政治家たち。アメリカでは、それらの「クローゼット議員」が、LGBTコミュニティの権利獲得運動に対して、ことごとく反対票を投じているのをご存知だろうか?ドキュメンタリー監督のカービー・ディックは、アメリカの大物議員の実名をあげながら、彼らの偽善的な政治活動に、次々とメスを入れていく。そして、ハーヴィー・ミルクとは全く逆の行為に走る、彼らの精神的な背景にまで迫り、クローゼット議員の本質に迫る。4月のトライベッカ映画祭での上映が、日本でも広く報道された話題作。次々と明らかにされるアメリカの有力議員達の行動に、あなたは絶句するだろう。(プログラムより抜粋)

同族嫌悪や我が身の保身から、ホモフォビアに走る人間がいることは容易に推測できる。
それが人の弱さの表れであることもよく分かる。
問題なのは、そうした人間が何某かの権力を行使できる立場になった場合に、“極端な行動”に出ることだ。
映画の中では、議員の“明らかな矛盾した言動”に焦点を当てているので、何でこんな人間が再選され続けるのだろうかと考えるのだが、支持者にとっては見たくない(或いはどうでもいい)ことなんだろうなあ。 嘘をついたか、つかないかが重要なポイントとなるお国柄とはいえね。
「男と寝ましたが、私はホモではありません!」には爆笑したわ。
翻って、遅まきながら自分の性癖を告白し辞職した元知事のケースにはとても複雑な気持ちになった。 もう偽ってはいられない、と苦しい胸の内を告白する彼の告白の場には妻も立ち会ったんだよ、双方が痛まし過ぎる……!
一方の大物議員は全く違う意味で、痛ましい活動を続けていく。 彼はそれで幸せなんだろうか? 自分を欺き、連帯できるであろう仲間たちを虐げて出世していくことが?
もちろん他者には本当の気持ちは分からない、本人にも よく分かっていないかもしれない。
自由の国アメリカの、信仰に縛られた不自由さを見た気がした。


 ~ まとめ ~
今年は三日間で6作品を観た。
プログラム全体を眺めると、未見のものも含めて「ゲイと家族」を描くことが、昨年からの大きな流れとなっているように見えた。
ただし、家族とは何も血縁者だけを指すのではない。 血縁に依らない新たな家族関係の構築も含まれるのだ。 これは今後も続くだろう。 結局、人は独りでは生きていけないのだ。
尚、今年観た作品に通しで私的テーマを設けるとしたら、『如何に生きていくか?』になる。
彼我の地、指向などに違いはあれど「自分らしく生きたい。それが幸せ」は共通だと思った。

それにしても、どうでもいいような作品が一般公開されて、佳作と呼んでもいいような作品が主人公がゲイというだけで公開されないってどういうことだ!?



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