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ほもほもしいわ!と叫んでいたら某さんのご好意で『新・K人の星』(魔球の投げ過ぎで左腕を駄目にした後のお話)をまとめて読む事が出来ました。感謝!
これは連載当時でさえ、色んな面でセンスが古過ぎだと驚かされた作品。
開始からしばらくは掲載を追い掛けて読んでいたのだが耐え切れず途中下車し、最終回のみ読んだはず。なのにラストは記憶と違っていました(恥/こうなると前作である『K人の星』についての記憶もヤバイかも)。

読了して感じたのは作者たち自身がおのれの古さを感じ取りながらもどうにも出来ず、足掻きの中から結局は前作と同じ浪花節を唄っている姿でした。
元々の前作だって今読めば当然古いでしょう、だが描かれた当時はそれに熱狂できた(多少やり過ぎだと思っても)。しかし時代は変わるのです。前作の時代感覚のままで続きを描いても駄目。そこにはもうどうしようもない隔たりが、実際の時間の経過以上に表れてしまうように感じます。確かに時代を越えて不朽の名作といわれる作品はある、が、そういった作品が後ろ向きの状態で生み出されたとは考えられません。呆れるくらいの馬鹿笑いを散々した後、哀しみをもって読了。

尚、肝心のほもほもしさについて、全くのヘテロの相棒さえも
「クサイよ、クサイ!この二人(☆とB宙太)はおかしい!!」
と断言する始末。
やっぱりね!(笑)ただし、少しも萌えませんが。
アレ?二次の世界のことがよく分かってない私が言うのも変ですが、普通は原作の段階で萌えを感じるものなのですよね?でも前作でも『新~』でも読んでいて萌えを感じたことは無い気がします。むしろ読後に反芻して、あれやこれやと妄想に至る気がする。やはり絵柄のインパクトが大きいのか?別の絵ならいいのか?うーむ…。

そもそも原作のK原一騎の話はどれもこれもマチズモというかマッチョ志向が強烈なので、そのままでは女子の萌えを誘発しにくい、と考えついて理解できた。“そのまま”ではなく少しずらして見たら?逆に男同士の結びつきの強さが“やおい”へと変換しやすくなるのではないか?
その点、別名義原作の『Aしたのジョー』では作画担当者も人気作家で力(作品についての権限も含め)もあったためか、他のK原作品とは色合いが異なると思う。異論もあるとは思うが、私自身がこの作品の中で最も“何か”を感じるのは主人公と終盤で彼のプロモーター的役割を引き受けることになるS木葉子との関係なのだ。簡単に恋愛とはいえないこの二人の関係はBL作品で言うと石原理や七地寧の作品の幾つかに近いものを感じる(あくまでも“近い”ものです)。もちろん読む人によってはS木の片思い説や二人のプラトニック・ラブ説など色々あるでしょうが。
そしてご存知の方には今更なネタですが、この『Aした~』を下敷きにしたBL小説があります。
佐藤ラカン 『狼は花と散る』 全2巻 (ill.山田ユギ/二見書房シャレード文庫)
この作品の面白さは私が語るまでもなく。
もう一つ素晴らしいところは単なるストーリーやキャラクターの“引き写し”として書かれていないこと。キャラクターやエピソードを「徹底的に分解再構築している」点です。それは『Aした~』の主人公・Y吹丈、R石徹、S木葉子といった主要メンバーのみならず紀ちゃんやMンモス西などまで、ことごとく料理されていると私は見ています。『狼は~』を読んでみて、このキャラは誰それのこの部分、ここは誰々のあの部分などと各人で分析して見るのも一興かと存じます。尤も、読んでいる間は話に没頭してそれどころじゃないかもしれませんが。
絶版本で入手しづらいかもしれませんが見掛けたら即捕獲をお勧めします(年下攻が許せない方は除く)。
男同士のバトルに萌える方に強くオススメ!(えろモ有リマス)



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